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#011 日本国創成のとき
藤原宮跡
藤原宮は、今から約1300年前、持統・文武・元明の三代の天皇が治めた都、藤原京(694~710)にあった宮殿である。藤原宮は藤原京のほぼ中心に位置し、その規模は、およそ1㎞四方になる。 藤原宮には、天皇や皇后の住まいである内裏、政治の中枢となる大極殿や朝堂院、朝集殿院といった施設のほか、行政の実務をおこなう、官衙(今の役所)がおかれている。つまり藤原宮は、今の皇居と国会議事堂、霞ヶ関の官庁街を1つにしたような場所で、まさに政治の中心地といえる。 藤原宮は日本で初めて造られた瓦葺の宮殿で、大極殿や朝堂院、朝集院および、宮を取り囲む塀や宮城門は瓦葺である。また、これらの主要な建物は礎石建ちで、中国風の宮殿建築を取り入れたものとなっている。一方内裏や官衙は瓦葺ではなく、桧皮葺であったと考えられる。 藤原宮で政治が行われた時期の歴史上の大きな出来事としては、大宝律令の制定(701年)がある。藤原宮が営まれたのは、わずか16年間ではあるが、日本の律令制を考えるうえで、非常に大きな役割を果たした舞台ともいえる。
天武天皇と女帝持統天皇合作の都城藤原京の中心をなす宮殿跡。天武が律令国家の確立を目指し建設を始め、持統がその遺志を受け継ぎ完成させた都は、壮大な国家形成の物語を象徴する歴史遺産である。
【文責】 橿原市世界遺産登録推進課
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