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#049 一輪の綿花から始まる倉敷物語

おおはしけじゅうたく大橋家住宅

  • 有形文化財
  • 重要文化財
  • 江戸時代
  • 明治時代
  • 大正時代
  • 昭和時代以降
  • 岡山県倉敷市
  • 建造物

大橋家住宅 大橋家住宅

文化財体系 有形文化財/重要文化財
年代 江戸時代
明治時代
大正時代
昭和時代以降
所在地 岡山県倉敷市
分野 建造物
他、指定等の状況 国重文(建造物)

概要

大橋家は江戸後期の倉敷において、塩田・新田開発によって財をなした大地主で、大原家と共に「新禄」と呼ばれる新興勢力を形成していた。
住宅の屋敷構えは大原家とは大きく違っており、旧往来に面して長屋門を有し、主屋が通りに直接面することなく、前庭を隔て門の奥側に配置されている点に特色がある。
建造物の特徴としては、旧大原家住宅同様、主屋は本瓦葺、厨子二階建てで、1階に倉敷格子、2階に倉敷窓を備え、米蔵・内蔵は土蔵造りで『なまこ壁』を備えており、非常に美しい姿を呈している。
往時の新禄層の屋敷構えをよく伝えており、倉敷町屋の典型を示すものとして主屋や長屋門・米蔵・内蔵の4棟が国の指定を受けている。平成3年~7年にかけて、3年4カ月を要した建物の全解体を含む保存修理工事が行われ、往時の輝きを取り戻し、これによって附指定の「普請覚」のほか、棟札・墨書等の資料から寛政8年(1796)より寛政11年(1799)にかけて主要部分が建築され、 その後、文化4年(1807)、 嘉永4年(1851)の2度にわたって大改造が行われたことが判明した。
そして最も屋敷構えの整った嘉永4年の姿に復元されて一般に公開されており、格式の高さと地主の繁栄ぶりを伺い知ることができる。

ストーリーの位置づけ

江戸後期、干拓事業や金融業などで財をなした大橋家の邸宅。倉敷を代表する商家の建築で、往時の富の大きさを感じさせる。

【文責】 倉敷市 日本遺産推進室

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