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#042 忍びの里 伊賀・甲賀
上野城跡(平楽寺跡)
上野市街地の北に位置する丘陵上に、筒井定次が城郭を構えたことに始まる。当時の天守は、現在の上水道配水池がある丘陵最高所に設けられたが、慶長13年(1608)に伊賀国へ入封した藤堂高虎は、筒井時代の二之丸までを本丸に取り込み、その二之丸であった部分を西側に拡張して高さ約30mの高石垣(写真)を築いた。さらに、その拡張部分に五層の天守の建設を進めたが、完成直前の大風雨で崩壊し、天守は昭和期に入るまで再建されることはなかった。江戸期には、筒井時代の本丸跡に城代屋敷が建てられ、近年継続して実施された発掘調査において、南側に表向きの施設、北側に奥向きの施設を配した屋敷の構造が明らかになっている。
上野城跡は、かつては平楽寺という寺院であり、織田信長の侵攻時には伊賀衆の軍議が行われた場所で、今も多くの五輪塔や石仏などを見ることができる。
【文責】 伊賀市文化財課
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