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#024 江戸庶民の信仰と行楽の地
鉄造不動明王及び二童子像
大山寺の中興の祖、願行上人が鎌倉時代の文永11 (西暦1274)年に鋳造したといわれています。中央には羂索を持ち忿怒の表情を表す不動明王、さらに正面右側には矜迦羅童子、左側には制多迦童子が脇侍として立ちます。三体とも溶かした鉄を鋳型に入れて造るという日本の仏像では大変珍しい技法が用いられています。 この本尊である不動明王へ参拝することが大山詣りの目的の一つであり、参詣の道中に数多く建立された道標にも、この不動明王が彫られています。 現在は鉄造の不動明王を本尊とされていますが、大山寺には木造の不動明王も安置されています。こちらは平安時代後期の作とされており、鎌倉幕府の将軍である源頼朝が大山寺に参詣したときはこの木造不動明王が本尊とされていた可能性があります。 大山寺に上がる石段には童子像が置かれており、最上段には不動明王の脇侍でもある矜迦羅童子と制多迦童子、その下には八大童子である阿耨達、指徳、烏倶婆、清浄比丘、矜迦羅、制多迦、慧光、慧喜童子が並びます。これらの童子は不動明王の使者及び眷属であるとされています。
大山寺の本尊であるこの不動明王への参拝が大山詣りの目的のひとつであった。鎌倉時代に願行上人により造られたとされる鉄仏で、荒々しい力強さが多くの信仰を集めた。
【文責】 伊勢原市教育委員会教育総務課
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