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#015 「四国遍路」
浄土寺
【本堂】 文明14(1482)年に伊予守護河野通宣が伽藍再建工事を起こし、2年の歳月を費して現存の本堂が落成した。この堂は桁行5間、梁間5間、一重、寄棟造、一軒、本瓦葺である。柱はすべて円柱で、前2間は外陣となり蔀戸を隔てて内陣となっている。組物は、平三ツ斗、中備に間斗束が使われており、全体の建築様式は、和様と禅宗様を折衷した室町時代の建造物である。 【木造空也上人立像】 像高122.4センチメートル、頭頂部からあごまで18.6センチメートル、面幅12.4センチメートル、臂張り38.5センチメートル、裾張り33.3センチメートルの寄木造の像である。容姿は、すでに老境にある上人が、衆生の苦悩を背負い、鉦かねをたたいて南無阿弥陀仏を唱えながら遍歴する姿で、口から6字の名号「南無阿弥陀仏」が仏となって表れている。 【浄土寺境内】 第49番札所浄土寺は松山市鷹子町にある真言宗豊山派の寺院。浄土寺では、発掘調査によって、中世の土坑、柱穴と近世の溝状遺構が検出されており、古代の瓦をはじめとする多数の出土品が発掘されている。今なお、境内地が火災等の被害を受けることもなく元禄2年(1689)成立の『四国遍礼霊場記』挿絵の伽藍配置を留め、『四国遍礼名所図会』に描かれた江戸時代後期の景観を保っていることは、貴重である。
第49番札所。通行量の多い県道から奥まった場所にひっそりと建つ。孝謙天皇の勅願所として天平年間に行基により創建され、弘法大師が再興して真言宗の寺となった(伝)。平安時代の空也上人とゆかりが深く、空也上人像(国重文)は、寄木造で全身黒褐色、きわめて写実的で、鎌倉期の傑作。応永の大火で焼失したが、文明年間に守護河野氏により再興された。
【文責】 愛媛県まなび推進課・愛媛県文化財保護課
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