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#104 八代を創造(たがや)した石工たちの軌跡
八代城跡(八代城跡群)
麦島城の崩壊後、加藤忠広が幕府の許可を得て家臣の加藤正方に命じて築城に着手し、元和8 年(1622)に竣工した。石垣には麦島城の石垣や、八代産の石灰岩が用いられている。薩摩への警備番城としての役割とともに、沿海岸の異国船防備番役と九州西海道の防備の中心番城として位置付けられていたと考えられている。加藤氏(1622~32)・細川氏(1632~1645)・松井氏(1645~1870)が治め、明治3 年(1870)に廃城となった。
元和 8 年(1622)、熊本藩加藤氏の家臣、加藤正方が築城した城である。麦島城の石垣を転用した石材や、八代産の石灰岩を用いて築かれているのが特徴である。加工の難しい石灰岩を見事に積み上げた石垣は、当時の石工たちの技術の高さを見る人に伝える。
【文責】 八代市文化振興課
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