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#018 相良700年が生んだ保守と進取の文化

いわやくまのざじんじゃ岩屋熊野座神社

  • 有形文化財
  • 重要文化財
  • 江戸時代
  • 熊本県人吉市
  • 建造物

岩屋熊野座神社 岩屋熊野座神社

文化財体系 有形文化財/重要文化財
年代 江戸時代
所在地 熊本県人吉市
分野 建造物
他、指定等の状況 国重文(建造物)

概要

岩屋熊野座神社は、「麻郡神社私考」では草創年代不明とするが、「南藤蔓綿録」など相良家歴史書では寛喜年間(1229~1231)に肥後相良氏初代相良長頼による草創と記す。祭神は伊弉並尊、速玉男尊、事解男尊を祭る。「麻郡神社私考」によると、人吉球磨地方に勧請した熊野三所権現のうち、当社は那智大社に比定されるという。延徳年間(1489~1491)の12代相良為続の時に修造、天正年間(1573~1591)に修造と記録に残る。また、棟札などから、享保12年(1727)25代相良長在による修造で現在の形に整ったことが分かる。本殿内には覆屋内部の床上にほぼ同形式の社殿が三つ並んで西向きに建っているが、その内の中央殿は最も古式で構造手法や様式から見て16世紀末の建立とみられ、修造の伝承が残る天正年間のものと推定される。岩屋熊野座神社は、三棟並立する本殿を覆屋内におさめた独特の構成になり、これを中心に中世末から江戸中期にかけて建立された社殿がまとまって残り価値が高く、特に本殿の組物や木鼻等の細部は人吉球磨地方の特色を強く表し、かつ意匠的にも優れたものである。全体的に保存状態も良好で九州地方における中世に遡る神社本殿の意匠、技法を知るうえで貴重なものとして評価される。

ストーリーの位置づけ

領主相良氏による度々の修造が行われた神社。熊野信仰の広がりとともに民衆の信仰を集めた。

【文責】 人吉市文化課

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